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[0904] 【第25話】さらば宇宙戦艦ヤマト。

25回かかって、やっと本当に書き記しておきたかった内容に近づいてきました。


前回取り上げた宇宙SFブームと同じく1978年、そのブームに拍車をかける作品が日本でも公開されていました。「さらば宇宙戦艦ヤマト」です。

前作のヤマトからブームになって、それの続編の劇場公開に繋がってくるんですが、ここら辺の時代は只のガキだった自分とは無縁の出来事でした。しかし自分より1歳上の「お兄ちゃん」的な存在の友達が「ヤマト知らないの?カッコいいんだぜー」なスタンスを取り始めたので、教わる様な形で必然的にヤマトに染まって行きました。

その子はどこからそういった知識を得ていたのかは知りませんが、子供にしては早くからアニメージュなんかを読んでたり、「ヤマト2」の放送をカセットテープに録音してたり、アニメポリスペロからセルとアニメックスを買ってきてセル画を描いたり、年齢から考えても非常にませた「お兄ちゃん」でした。今の自分の人格形成はこの「お兄ちゃん」の影響が割と大きく、彼のやる事を後から追いかける形で色んな事を真似したりしました。
ヤマトの続編を作るなら、と空想したり、ヤマト以外の松本零士の旧作を探したり(ルーツ辿り)、「アンドロメダを描いた会社は[スタジオぬえ]って所なんだ」と教わって、アニメは漫画家が一人で作ってる物ではない事を知ったり。

当然ヤマトのプラモデルも一緒に作りました。彼が所有してる「プラモデルの作り方」的なガイドブックを借りて、第三艦橋を赤く塗装する為に初めてラッカー塗料を買ったりするのもこの頃です。

翌1979年は銀河鉄道999やエースをねらえ、カリオストロ等の劇場公開、ガンダムの放映開始、ヤマト新たなる旅立ちの放映といった、ある意味ものすごい年になるんですが、この時代をただの子供としてではなく、そのスゴさをきっちり受け止められるアニメファンとしてこの時代を通過したかった、と本当に今でも悔しく思います。


…ちなみにその時代の物事への憧れと懐かしさは、最近「アオイホノオ」で再確認できました。
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