[0608] あの頃の「めぞん一刻」アニメ版の空気。

この前ふと思いついたことがありまして。

「名作」として評価され長く愛される作品は、初めて連載や放映された頃の「空気」は忘れられがちな気がします。

例えば「ガンダム」は今でこそメジャータイトルですが、初放映時は散々だった、というイメージがあります。
でも実際には子供受けしてなかっただけで、ファンの間での注目度は初めから高かったんです。
「ヤマト」でいうと、長く続いた人気シリーズですが「新たなる~」や「永遠に」の頃は、復活しすぎて若干嘲笑の標的にされネタ扱いが始まっていた…なんて話は今となっては当時を知ってる人しか知らない話です。

そんな、時代の空気というかその頃の印象みたいなのは、世代をピンポイントに限定してしまうエピソードなのであんまり保存されないような感じがして、忘れないようにメモしておこうかな、と思いまして。

「めぞん一刻」について。
「うる星やつら」も「めぞん一刻」も原作はほぼ同時期に連載されていました。
両方読んでましたが、自分は「うる星」はアニメの方が好みというか、原作はアニメの下準備的なスタンスで読んでいました。で、「めぞん」は通ぶってる奴から「めぞん読めよ、本当の高橋留美子好きはめぞん読むんだぜ」と良く言われたもんです。実際めぞんは原作を毎回楽しく読んでましたし、早くアニメ化すればいーのになー、ぐらい好きでした。

で、TV版うる星は4年半続いたんですが、後半は改編期になるたびに「うる星は終わってめぞんが始まる」という噂が何度も流れました。実際「めぞん」アニメ化の期待はかなり高まっていて、いつかアニメ化するだろう的な感覚はありました。

そして噂は86年春に本当になりました。「うる星」は終了し後番組として「めぞん一刻」が始まりました。第一話サブタイトル「お待たせしました! 私が音無響子です!!」はアニメ化を待ち焦がれていて、噂を何度も信じたファンに向けたメッセージのようなメタ的なタイトルでした。

うる星で進化していったアニメ的表現の技術は、「めぞん」のドラマを表現するため実写的なリアル描写に投入されました。うる星のような脈絡のないドタバタは減り(連日の宴会なんかでドタバタはありましたが)、恋愛心理描写をより実写的に大人っぽく表現するようになっていったように感じます。

自分は「うる星」の学園ドタバタや異世界感に自分の居場所を感じて憧れ、自分の周りがずーっと「うる星」みたいだったらいいのに、と思っていたようです。自覚はなかったですが。
「うる星」から「めぞん」へと移り、楽しみにしていたアニメ化だったはずなのに、「うる星」に比べて淡々と大人っぽく進んでいく演出に、「うる星」でドタバタしていた思春期からの脱却、大人になることを強いられているような印象を受け、どこか寂しさを感じながら視聴していました。

どこか覚めた感じ、アニメブームも一旦落ち着いてくる時期と重なって、いつの頃からか「めぞん」だけではなくアニメを観る回数は減っていきました。自分が熱くなった「アニメ」なんて「はじめからシネマ」だと気づかせたのがあの頃の「めぞん一刻」だったのかもしれません。

あれなんだか上手くオチをつけられたような気がします(恥
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